教授つぶやき

2018.05.10 うちは3人子どもがいまして、上から小学校4年生男、小学校2年生女、保育園児女です。愛らしかったのでシェアします。手紙は、小2(長女)の千理子が、3歳の妹である理沙の保育園の先生に宛てて書いたものです。フォトは季節外れの(妻が特にやりたがっていた)七五三@北海道神宮。ボロボロになって帰宅した時に3人が生きる力をくれます。

2018.04.19 ファイターズは生え抜き戦力で頑張っています。昨日、高梨投手が7回終わりまで好投して、その後、8回まで8-0で西武ライオンズに勝っていたのですが、8回までに8-7となり、9回には逆転されて8-9で負けました。吉井ピッチングコーチがあんなに焦った表情をしているのは久々に見ましたが、相手がノリノリの時に浮足立っていなくて任せられるピッチャーの枚数が少ないということなのだとわかりました(まだシリーズがはじまってすぐでもあるし)。ファイターズの野球は辛抱して辛抱して進むのですが、栗山さんが選手に「何とか育ってくれ」という目を向けている我慢強さには脱帽でした。ということで、こういう形で負ける日もあるし、こないだみたいに辛抱しても打てない日もあるかも知れませんが、これを続けてゲームを作っていけば必ずチームは波に乗ると思うので頑張ってほしいですね。負けるな、ファイターズ。

2018.03.28 次週から研究室に新メンバーを迎え、医学部教育では新3年生の衛生学教育がはじまり、また、大学院課程では2年度目の公衆衛生学修士課程の大学院教育を開始します。この3か月、各メンバーの論文を出版することなどに注力していたため個別ミーティングもスキップするほど忙しかったのですが、4-6月もフル回転になりそうなので忙しい日になると思います。教員冥利に尽きる日々となります。Facultyメンバーの各位、ここは頑張りましょう。
 そういう忙しい日々を過ごしすぎると、ついつい近くのことに目が届かないことが多くなってしまいます。3月の最終週はそういったCareが必ずしも十分でなかったことに目を向けられるよう努力をしてみました。月曜日は頻繁に出席できなかった会議に久々に出て年度内レビューをいただき、午後は、なかなか話ができなかった学部学生の進捗を聞きました。火曜日は教室員に臨時で2時間ちょっとを私個人や運営面に関する意見収集をするために時間を取ってもらいました。アポイントメント1つを取ることや私の言動やメールの文章の影響力が大きいからもっと気を払わないといけないことなど、教室員の不満が溜まっていることなどについてコミュニケーションさせてもらえました。常日頃、直接に愛を表現できない相手ですが、最も愛しているのが現在の共同船員である教室員です。それを正面から表現する機会って、普段は厳しくしないといけない自分のような不器用な人間には大変有用です。
 時間を逆算すると8月の北海道マラソンが近づいてきました。もう調整期間が4か月しかないのに100キロ超級の私は冬の北海道で腹が出ています。今年はこのリベンジに捧げても良いというくらい気合いが入っていて、そこに最近の自分の情熱(もちろん、研究を除く情熱)の意識を8割超つぎ込んでいます。これができない、というのは耐えがたきものがあり、他方で忙しさがひどいから走る時間が取れない(詳しく書くと「取っている場合ではない」というくらい用務・雑務が入っていて時間が空いたら研究指導が入れないといけない)という状況です。そこで、前から故障時にできないことから中断していたのですが、通勤Runを再開し、また、先週からCarbonを減らすダイエットを開始しました。BWを90キロ程度に減らした上でキロ6:30ペースが夏の気候で苦しくない、という状況を札幌30Kまでに達成することを最低限の目標に据えています。今年は本気なので学生と楽しくマラソン話をする余裕もなくって、一緒に走れていません(夕方に一緒に走りたいなあ)。時間がないから通勤でSqueezeして、せんせいは1人でリアルに自分と向き合い「自分に勝つ」ためのトレーニング期間に入っています。ぜったいにやってやる。負けるものか。

2018.02.26 新年あけましておめでとうございます。と書くのが2か月遅れになっております。ええ、それくらい余裕がなく忙しくしているのです。大学院の教育面で改善しないといけないことが多いのでブループリント作成など目に見えない地道な活動をしているのですが、それだけで日が暮れるくらい時間が奪われ。。また、Financialな書類はどんどん期限付きで押し寄せてきて、若手の論文改訂も多くて。1-2月は若手のルーチン面談もできておらず(みな、すまん)。
 私はそういうストレスには強いほうなのですが、どうしても業務が夜にはみ出ると走る時間が絞り出せず、そんなときにストレスで食べてしまいます。すると一気にIntakeが増えるわけですから1-2か月でWeightが5㎏レベルで一気に増加してしまい、そうするとキツめのマラソンは走り切れなくなります。先日、第26回おきなわマラソンに出走したのですが、沖縄は当然ながら坂ばかりで気温が20度以上(北海道の夏です)かつ湿度が高い、というので速く走れなくて嘉手納基地の29k地点で関門に引っかかってしまい、悔しくて門の前で1人ボロボロ泣いてしまいました(いや、それはそれでスッキリしたのですが)。走り続けるのは大丈夫だったのですが、あくまで、「太りすぎで遅い」という理由で関門に引っかかりました。これはせんせいのライフにとっては緊急赤信号、となります。業務がはみ出している場合は、それよりもマラソンでの健全な身体と精神を重視します。健全な身体がないといい仕事はできませんので、いま必死に戻しているのですー。今にみておれ、北海道マラソンとおきなわマラソン!

2017.12.29 世間一般的には昨日で終わりらしいですが、忙しさピークを引きずってしまっていて、最終日もシコシコ仕事をしております。みんな、私を頼りに札幌まで来てくれているので、その期待を裏切らず、努力を続けて完成体に近づいている成果はしっかり表に出せるよう作業を続けておいます。やる気がある方が来てくれる限り、1人ひとりの若手を一流にして輩出できるところまで最後まで付き合いますです。がんばれ、若手ども。
 と言いつつも、休日出勤に驕ることなく、今日どころか休みとperceivedされている明後日や明々後日にも立派に働く方がいてこの世の中が成り立っていることに感謝したいと思います。毎年、私が抱く年末に対する想いを少しだけ述べましょう。
 私の父方実家は大阪市で更科系の蕎麦屋をしていました(今は廃業しました)。「年越しそば」という蕎麦屋には有難いピークがあるので例年から年末は本当に忙しくて、父は年末休みは実家へ手伝いに出ることがほとんどでした。1日丸々働いたのは1年のみですが、小学生の頃にスーパーマーケット等への麺類の卸し(年越しそばとうどん)をするのを手伝ったことがあります。大阪で藤井寺球場や仁徳天皇陵を最初にみたのは、その近くのスーパーへ麺を卸したことがきっかけでした。31日、真っ暗の3時に起きて大阪市東住吉区にある父の実家へ車で連れていってもらって朝4時半に軽く食事とトイレ。朝5時までに麺が仕上がってビニール袋にパックされ、そこから仕事を開始します。あの日の値札貼りと1日10件以上のスーパーでの陳列はやはり大変な仕事だと思いました。小学3年生の私はスーパーの店長とかに「いつもお世話になっています」という気遣いの挨拶すらできないアホでしたけれど。当時小3年だった私が、31日の年の瀬に一生けん命スーパーで年越しそばを陳列しているのを見て「ちょっとボク、おそば3つ買うからカゴに入れて」と言ってくれた藤井寺の人情味あふれるおばあちゃん、もう生きていないのかもしれないな。それから10年前後くらいに、少し育ってからは、学生の頃に大晦日の夜に神社で駐車場の警備員をしました。また、それより少し前かな、冬休みはずっと郵便局で働いて、正月に自転車で年賀状配達の仕事をしたことがあります。
 いずれの時にも、皆さんが暖かい部屋の中で紅白歌合戦を見たり、幸せそうに家族やカップルで団らんしたりお参りしたりしているとき、自分は少し寂しくて惨めな気持ちになりました。皆が年明けに話すだろう紅白の歴史的イベントとかも見れず、駐車場の警備中には運転手に「おい!お前もっとしっかり誘導せーや」とか怒鳴られたりしてましたし、郵便局の外勤では中通りの交差点で車と自転車でプチ接触事故して運転手に「しばくぞお前」とか怒鳴られたりとかね。でも、それを通じてお金を稼ぐことの大変さをかみしめる機会が得られて、自分はたくさんの勉強をし、単なる労働以上の経験をすることができたことを本当に良かったと思っています。年末独特の特別な想いと言いますか、「あのカップルも暖かそうでいいな。でもいいんだ。自分はここでしっかり2本足で立って働いているだけだ。他人が働いていないときに働いて頑張って次に繋げるんだ。」というような、ちょっと暗めの思考過程で頑張りぬく想いを抱いたことを覚えています。
私は決して裕福ではありませんでしたから、そうやってハングリー気味に若い頃をすごしました。いま、豊かになってしまって、家族ともども暖かめの年末年始を過ごしてしまっています。これまでの日々とその想いを忘れず、できればそこで抱いた自分の理解と想いを子どもたちに伝達したいとは思っています。それで、こんな日にも社会機能を維持してくれる皆さんに感謝しつつ、また気分を新たに2018年を迎えましょう。今年も大変お世話になりました。また来年もよろしくお願いいたします。

2017.11.09 恐れながら9-10月は5つの大会に出走させていただきました:滝川コスモスマラソン10k、オホーツク網走マラソン42k、札幌マラソン10k、北海道すこやかマラソン10k、手賀沼エコマラソン21k。最後の手賀沼に関しては日医ジョガーズ(日本医師ジョガーズ連盟)のランニングドクターとして出走させていただきました。でも、鍛え度合が低くて遅いので全然戦力じゃないのです。頑張らねば。11月は11/3の作AC真駒内マラソン10kを終了しましたので、11/12の札幌さよならマラソン10kにて北海道は今シーズンは終了となり、11/19に神戸マラソン42kに行ってきます。それにしても忙しい。来年の大学院教育をよくしないといけないのですが、研究はピークだし、研究費の締め切りも多いし、大学院生は山場だし。でも九大理学部の数理生物学の草分けであるIさんが厳しく私を叱るように言いました:「忙しさを見せてはいけないよ。先生が大変そうだったら誰も先生みたいになりたいって思わないじゃない。」何歳になっても勉強なんですが、これは本当にいいアドバイスです。やっぱいいなあ。忙しくない風にやってみますよー。

2017.10.02 週末に3歳の娘を連れて「さっぽろオータムフェスト2017」に行きました。すごいですね、1丁目ごとに違う料理が振る舞われていて、満腹にならずに帰る方法がない、というくらいの熱気とおいしさでした。大通り公園が9丁目にある影響にて、せんせいは8丁目のご当地メニュー(ふるさと市場)という北海道のものが勢ぞろいしている場所へ行きました。理沙ちゃんをひとしきり公園で遊ばせてあげた上で、せたな町のソフトクリームをおごって機嫌を取ると、その日のパパの人気は半端ではありませんでした。ありがとう、フェスト!

2017.09.10 メンドーサが先発機会を求めて阪神タイガースに移籍しました。あの好投手が、です。その背景には日本ハムファイターズによる若手育成のための登板機会の確保、があります。もちろん、今年の低迷に際しても調子はよくなかったのですが。阪神へ行っても活躍してもらいたいと思いますが、栗山監督は最後まで心配していました。男ですな。

2017.08.27 北海道マラソン2017、恥ずかしながら生きて帰って参りました。残念ながら25㎞関門で収容されてしまったのですが、精一杯やった成果で練習で身につけた成果は出せていたので実力相応です。以下が詳細。来年は大丈夫だと思います。

当日の天候:曇り、24度程度でスタート。例年になく好コンディションです。日差しが少ない。
当日の体調:前日にインド出張から戻ったところですが、こういう日程都合はいつも通り(これをこなすのが教授の仕事です)。体調はバッチリ。体重は予定より9㎏重くてスピードに自信がないですが、脚もできているし、距離テーパリングもうまくいきました。インドのIIT Kanpurの敷地内で、6:30/kmペースで最後の流しを5㎞だけやりましたが、早朝30度程度の環境でも息切れしつつで走り切れました。
ですので、当日の朝は「スピード早く走る準備は不十分だけど、天候的に完走するチャンスだ。完走するつもりで最初から押していこう」と本気で考えました。悔いが残らないようスタートからガンガン飛ばしていこう、と勇気をもって決断しました(私は慎重にペースを刻むほうなので、そこまで飛ばすパターンで走ることを決めたのは人生初です)。

0-5km地点(大通=>平岸)
フルマラソン最後尾のGブロックでスタート。テレビ塔の時計では約8:00でスタートゲートをくぐれました。予定通りくらいの誤差です。これはネット4:52で完走しないといけないことになるので7:00/kmだと2分オーバーすることになります。「早いうちに6:30/kmペースで2分稼ごう」という単純計算をしました。最初の2㎞、6:24, 6:32で走りました。いつもなら日中このスピードだとハァハァなるのですが、さすがレースは大変落ち着いていてピッチだけを気を付けてゆったりと中の島まで走れました。ただ、そこで発汗が増え始めたので、ちょっと自重して3kmと4㎞は7:01, 6:58としました。5㎞地点は給水があり、私は最近のスピードだと歩きながらしっかり給水することにしているので7:25となりました。
5-10km地点(平岸=>札幌駅)
概ね35分未満で最初の5㎞に快調に入れたので、5-10㎞は貯金区間として少しグングン速度を上げて勝負に出ました。本当はマラソンではそうしないのですが北海道マラソンでは制限時間に追いかけられるので押していくしかないのです。背後から忍び寄る制限時間から逃げるようにグイグイ走りました。だいたい6:50/km台で刻めていて、「これで根気よく持続しよう」と思える程度。HブロックやIブロックのファンランの人たちがハァハァ言っていますが、こちらは全く息が切れていません。昨年度と逆の立場で走っていて大変気分よく走れたのと、それと、ちゃんと豊平橋と創成トンネルを地に足つけて走れたので大変自信になりました。しかも、創成トンネルから出てきたら曇り空でいい風が吹くのです。10㎞には70分かかっておらず「よし、このままいこう」と思いました。ここで落ち着いてソーダ飴をなめました。
10-13㎞地点(札幌駅=>エルムトンネル前)
札幌駅北口でファンランと別れてから逆算すると、このまま7:00/kmで刻むことが出来れば制限時間ギリギリで(特に28.3㎞と35㎞の関門だけ注意すれば)ゴールできる計算になりました。本当は給水のある区間などは7:00/kmを越えてしまうので、そうなると走りながら飲まないといけないのですが、少なくともちょっと楽観視することができました。7:00/km前後でセット。気分的に少し落ち着いてきました。
13-16km地点(エルムトンネル前=>札樽道・新琴似)
急に日差しが強くなって心理的に厳しいと感じるようになりました。15㎞くらいでトップ集団とすれ違い、向こう側の疲れ加減と苦しそうな顔につられつつも「自分はかくも遅いのか」と認識つつRun。気付けば7:20-7:30/km台くらいになっていて、15㎞すぎの給水所でのスポンジが気持ちよかったことをよく覚えています。気付かないうちに脱水が進行していたのですね。ただ、練習はしっかりできていたので16㎞では7:10まで意識的に戻せました。でも、ここから日差しがまた強くなります。グルコースの低下だといけないので羊羹を摂取。
16-中間地点21㎞(新川通へ)
「少ししんどいな」と感じ始めてからがマラソンだと思うのですが、曇っていて風は冷たいのに日差しが肌を刺してきました。少し飛ばしている感覚でも時間が7:10-25/kmくらいになります。30度で日差しの強い練習の時に経験しましたが、だいたい1キロあたり20-30秒くらい簡単にペースダウンするのですが、それでも元々のペースよりもしんどいのですよね。体感的には6:30-6:40/kmくらいの苦しさなのにタイムはどんどんと制限時間に近づいていく、というジレンマをひたすら耐える5㎞でした。20㎞以降は小腸の蠕動が弱くなって吸収しにくくなるので、水やエネルギーの摂取にナーバスになりました。給水所手前でエネルギージェルを出して摂取。
20㎞の関門を越えたときに、スタートから2:32台であって制限時間2:36まで約3分少々しかないことに気付きました。そういや、ここ1年の中では自己記録的なスピードで走っていました。スタートが8分遅れなので20㎞を2:24くらいということですが、これだと後半部の落ちがあると絶対に間に合いません。7:00/kmイーブンできていると思いきや2:20の計算を2:24で実質で来たので、やはり7:00/kmからはみでた秒数が借金のように積もっていて、まあまあのダメージだったのです。それと、いまキロあたりのスピードが目にみえて落ちているのに制限時間まで3分しか余していない、というのが小さなダメージでした。というのも、北海道マラソンの制限時間は20㎞以降は5kmごとに33分で走らないといけないように設定されています。7:00/kmペースでも5㎞ごとに2分間ずつ借金をしていく計算になります。この時点で「ああ、これは25㎞が危ないな。できれば30㎞関門まで行きたいな」というようなネガティブ思考になりました。
21-25km地点(新川通=>手稲前田)
「完走しよう」と思って思い切り負荷をかけてきた特別な精神状態が「25㎞関門までかな」というようなネガティブな発想に変わって、かつ、その頃にスピードが落ちていたら、そのダメージは計り知れません。自分は何度もやっているのでわかっていたつもりなのですが、21㎞からは8:00/km台になりました。本当なら7:00/kmで追い込めば25㎞地点は越えれるところを、心理的に完走できなさそうであることを悟らされて落ちていってしまっているのですよね。なのに、日差しはまだまだ照り付けます。例年になく涼しい日なのに、ナーバスな私は日差しに参っていくのです。この4㎞は本当に心が痛い区間でした。25㎞地点に到着時にはグロスで3:12で、関門はグロス3:09で閉まっていました(関門が閉まってもう3分も経過していました)。この4㎞ずっと8分台にしたがために、関門は惜しくもなんともなくしてしまったのです。手稲前田交差点のところで、あえなく止められ、バスに乗車。収容車って誰も乗りたくないんですけど、本当に静かなんです。みんな、それなりに神妙に落ち込んでいる車内で、なのに手稲から大通りまでって遠かったんですよね。うう。

今回、初めて北海道マラソンのフルに挑戦してみてわかってことがいくつかありました。
– ギリギリの7:00/kmペースで挑戦しても、終盤の落ち込みや日差し、トイレと給水などを考えると間に合わない可能性が高いので6:30/kmで余裕を持たないといけない。日本に戻ってから7:00/kmでジョグするようになってしまってクセができてしまったのですが、確かに考えてみたらジジイのスピードです。もっと速く走れます。
– 夏場で6:30/kmペースということは冬場の5:40/kmに相当するので、体重をいまより15㎏は定常的に絞っておかないと心肺機能がもたない。スピードに弱いのは主に太っていることが原因なので、その準備ができていないのは自分の怠惰性のせいです。
– 精神面が弱い。あの残り3分余裕のところでギアを上げて6:30/kmにする気持ちがないと北海道ではもたない。途中エリート35㎞地点(こちらの16㎞地点)で藤原新さんとすれちがったのですが、彼は地獄を見ている表情をしていました。本当に弱い自分をさらけ出してグチャグチャになっていました。でも、今回は、彼は2:34くらいですがちゃんとゴールしましたよ。自分もあの顔ができないといけない、って強く思いました。
– 思えば、なれ合いで準備しているのがいけないのだと思いました。研究室メンバーとヘラヘラジョグをしているのに、一方で厳しいレースでしっかり走れるか、と言えばそんなことはないですよね。北海道マラソンのようにフルマラソンの中でも最も厳しいものを笑って走りきるには3-4か月でなくて1年くらいは自分を律して身体と精神を改造しないといけない、と思いました。これは真剣な反省です。
これらを修正した上で来年、もう1度挑戦しようと思います。本当は、これから網走マラソンだとか神戸マラソンだとか緩めのものが続くのですが、そこで遅く走らずに6:00/km未満で刻む習慣へ身体を戻していきたいと思います。当日の自分には悔いは残りませんでしたが、長期的に怠けている生き様が大変恥ずかしいものだと思いました。出直しますよー。次は大丈夫です。

2017.08.15 北海道マラソンの準備のためにBWを18㎏減量し足も作ってきました。今回、7/26の週でプリンストンと合宿、8/1-10で短期コース、とやりましたがすべての日で走る時間を確保しました。
準備の一環なのですが、LSD(ゆっくりでいいので、とにかく長い時間を走る練習, long-slow-distance)やロング走(一定のペースで長く走る)をする必要があり、身体(特に脚)を長い距離に慣らすことがフルマラソン以上の距離では必須です。ただ、回復までに時間がかかるので、本番の少なくとも2週前(できれば1か月前)までに負荷の高い練習を終えることが必須と言われています。今回8/12(土)の雨の日にずぶ濡れになりながら4時間LSDをして30㎞弱(正確には28.7㎞くらい)を走りました。
休憩を交えつつ走ったのですが長い距離はこれで大丈夫なのですが、本番の日差しによってはやはり6:45-7:00を維持して42㎞を走りきるのは今の走力では難しそうであることを悟りました。市民マラソンでは倒れて他者に迷惑をかけてはいけないので無理してはいけません。でも、関門がたくさん厳しくある中で、少なくとも20㎞、できれば35㎞地点まで行きたいなあ、とせんせいは思っています。北大で待っていてくれても北大は40㎞地点なので(超涼しい日とかでない限り)お逢いできそうにないのですが、新川と手稲前田の間で精一杯もがいてきます。それで来年に必ずつなげます!いまにみておれ。

2017.07.13 久々にHP更新をしました。最近ですね、教育方法をさらに詳しく勉強しはじめています。研究員の教育は、日本で次世代を担える人を意図的に育てるには一定の厳しさを伴うしかないのですが、そうでなくて大学院課程の教育を少し改善できないかな、と考えています。次の時代を担う若者は可能性の塊であり宝です。私のように教育を通じた技術的成長が一定で「終わったオッサン」が教育現場で役に立つには、座学やチュートリアルで、アクティブラーニングなどで動機を高めるとかだけでなくて何ができるのかを真剣に調べて勉強しています。それはそうと、大谷君は、オールスター後にまたゆっくり出直してもらいたいものです。

2017.06.09 ここ最近、ちょいキツ1㎞走をトレーニングに導入しました。ポイント練習(週末とか)ではなくて平日のアホジョギングの際に、単に少しずつ暑くなった環境にダラけるのではなくて、1.5㎞のうち1㎞をジョグより30secくらい速めにして500mをリカバリーにするような練習です。BWが増えてしまうと心肺機能が一気に落ちたような錯覚に陥るので、こういう練習が効いてくるかもなという微かな期待を持ちつつ楽しんでいます。

2017.06.07 ここからだぞー、ファイターズ。

2017.05.06 Nike’s two-hour marathon projectをみました。Eliud Kipchogeの走りは2:00:25と言えども素晴らしかったです。条件を整えることによって1:59:59は達成可能ですね。せんせーは、その時間で半分も走れません。がんばらねば

2017.05.06 いいぞ、いいぞ、ファイターズ。

2017.04.24 ファイターズ、がんばれ。

2017.04.13 今日は保健医療政策の特別講義で東京大学から渋谷健司教授,日本医療政策機構から小野崎耕平理事が来られます.保健医療2035のビジョンに詰まったエネルギーと想いを札幌でも届けてもらえるというのは大変ありがたいですー.

2017.04.10 MPH講義が開始して,大変忙しくしておりますです

2017.04.08 今年は北海道マラソンで収容されないぞー